大阪地方裁判所 昭和58年(モ)7923号 決定 1985年1月14日
原告
運輸一般関西地区生コン支部労働組合
右代表者
武建一
原告
工藤誠
右原告両名訴訟代理人
三上陸
里見和夫
後藤貞人
中道武美
西川雅偉
高野嘉雄
下村忠利
北本修二
菊池逸雄
近森土雄
被告
国
右代表者法務大臣
嶋崎均
右指定代理人
田中治
池口睦男
被告
大阪府
右代表者知事
岸昌
右訴訟代理人
道工隆三
井上隆晴
柳谷晏秀
青木悦男
右被告指定代理人
岡本冨美男
外四名
主文
本件申立てを却下する。
理由
第一原告らの申立て及びこれに対する国の意見
原告らの本件申立ての趣旨は、
「原告らと被告ら間の大阪地方裁判所昭和五七年(ワ)第四七九〇号事件について、被告国に
1 井上勝の司法警察員に対する昭和五六年七月二一日付及び同年九月四日付各供述調書
2 板見優子の司法警察員に対する同年七月二一日付及び同年八月二二日付各供述調書
3 片山俊一の司法警察員に対する同年七月二三日付供述調書
の提出を命ずることを求める。」
というにあり、その理由は、別紙(一)及び(二)に各記載のとおりである。そして、右申立てに対する被告国の意見は、別紙(三)及び(四)に各記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一原告らの本件申立てにかかる井上勝、板見優子及び片山俊一の司法警察員に対する各供述調書(以下「本件文書」という。)を被告国が所持していること(保管者は大阪地方検察庁検察官)は、同被告の認めて争わないところである。
二本件訴訟の概要は、原告らにおいて、「昭和五六年七月一八日午前一一時四〇分ころ、大阪市東区京橋三丁目一五番地大阪府立労働センター九階大阪府地方労働委員会第二審問室前廊下において井上勝が数人共同による暴行を受けたとの事実について、原告工藤誠(以下「原告工藤」という。)がその加害者であるとの嫌疑のもとに発せられた捜索差押許可状(以下「本件令状」という。)に基づき、大阪府警察の警察官により、原告運輸一般関西地区生コン支部労働組合(以下「原告組合」という。)の事務所及び原告工藤の自宅で捜索及び差押えが行われたものであるが、本件令状は、大阪地方検察庁検察官の指揮で大阪府警察の司法警察員により、同人において原告工藤が右暴行の現場に居合わせていなかつた可能性の高いことを十分認識していたにもかかわらず、原告組合に対する敵意からあえて大阪地方裁判所裁判官にその請求がなされ、更に同裁判官において右暴行の加害者の特定につき十分な審査を行うべき義務を怠り、漫然労使関係における原告らの対立当事者である右井上ら使用者側の者の供述のみによつて原告工藤がその加害者であると誤認した結果発せられたものである。」との主張に基づき、被告らに対し、右捜索差押により原告らに生じたという損害の賠償を請求しているところ、これに対し、被告らは、本件令状の請求及び発付並びにこれに基づく捜索差押がいずれも適法に行われた旨主張して被告らの各責任を争つているものである。
三本件訴訟における既往の弁論及び証拠調の結果によれば、本件文書は、本件令状の請求に先立ち、前記井上に対する暴行事件の捜索を行つていた大阪府堺南警察署の司法警察員が、刑事訴訟法に基づき、右事件の被害者である井上、目撃者である板見優子及び片山俊一を取り調べ、その供述内容を録取したものであることが認められ、かつ、右文書が本件令状の請求の際、裁判官に対し、原告工藤が右暴行にかかる犯罪を犯したと思料されるべき資料として提供されたものと推認するに難くない。
四そこで、原告らは、本件文書が民事訴訟法(以下「民訴法」という。)三一二条一号、三号後段の文書に該当する旨主張するので、以下順次検討する。
1 民訴法三一二条一号の文書に該当するとの主張について
被告大阪府は、その昭和五七年一一月二九日付準備書面(本件第二回口頭弁論期日において陳述)において、原告工藤が前記井上に対する暴行事件の加害者であるとの嫌疑が本件令状請求の際に存在していたとの同被告の主張を基礎づけるため、大阪府警察が、前記井上を昭和五六年七月二一日及び同年九月四日に、前記板見を同年七月二一日及び同年八月二二日に、前記片山を同年七月二三日にそれぞれ取り調べた事実並びにその際の右井上、板見及び片山の供述の具体的内容について主張していることが認められ、かつ、右井上らに対する各取調の日と同日付の同人らの供述調書を被告国が所持していることは前示のとおりであるから、同被告の右主張は、本件文書の存在に間接的に言及し、その内容を要約したものというべく、民訴法三一二条一号にいう文書の「引用」にあたるものと解するのが相当である。しかしながら、本件文書の所持者たる被告国が同文書を本件訴訟において引用したあとは、全く見出だすことができない。そして、同号にいう「当事者」とは、当該文書を訴訟において自ら引用した当事者を指すものであり、共同訴訟人の一人が訴訟において文書を引用した場合における当該文書を所持している他の共同訴訟人は、同条項の「当事者」には含まれないものと解される。それ故、被告国が同号によつて本件文書の提出義務を負うものということはできない。
2 民訴法三一二条三号後段の文書に該当するとの主張について
まず、法の定める手続によらなければ捜索及び差押えを受けることはないという法的地位は、何人に対しても保障されているところであるから、原告らに対して前記のように被告国の機関により発せられた令状に基づき捜索差押の処分がなされたことにより、原告らと同被告との間には右令状の発付の適法性をめぐつて原告らの右法的地位の侵害の有無を内容とする法律関係が発生したものというべきである。また、民訴法三一二条三号後段にいう「法律関係」を私法上の契約関係に限定して認めることには合理的根拠がなく、前示のような本件における法律関係も、右規定にいう「法律関係」に該当するものと解すべきである。そうすると、本件文書が前示三のような性質のものである以上、それは、前示の原告らと被告国との間の法律関係につき作成された民訴法三一二条三号後段の文書に該当するものといわなければならない。
五しかし、本件文書が民訴法三一二条三号後段の文書に該当するとしても、同条の定める文書提出義務は証人義務(同法二七一条)と同じく裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、かつ、文書の所持者が公務員である場合にその職務上の秘密の保護に関して人証によると書証によるとで差違を認めるべき理由はないから、公務員の職務上の秘密にかかる事項を内容とする同法三一二条三号後段の文書の出については、証人尋問に関する同法二七二条一項及び二八一条の規定が準用ないし類推適用されるものと解するのが相当である。
ところで、本件文書は、刑事訴訟法四七条本文にいう「訴訟に関する書類」に該当することが明らかであるところ、右規定は、公判の開廷前における「訴訟に関する書類」の公開の禁止をその保管者に対して義務づけているから、公判の開廷前においては法律上当然に右書類の内容が公務員の職務上の秘密に属するものとされ、右書類の所持者は、その限度で前記文書提出義務を免れているものというべきである。もつとも、同条但書は、公益上の必要その他の事由があつて相当と認められる場合には訴訟に関する書類の公開が許容される旨を規定しているのであるが、右の相当性の判断は、当該書類の保管者の裁量に委ねられているものと解されるから、右但書の存在が前記解釈の妨げとなるものではない。また、仮に、右書類の保管者が前示の相当性の判断を誤り、又は右書類を開示しないことが原告らの主張するように裁量権の濫用として違法の評価を受けるとしても、民訴法二八三条が公務上の秘密については証言拒絶の当否を裁判所に判断させないこととした趣旨を推及すれば、その場合、損害賠償といつた問題を生じうるのは別論として、当該文書の所持者にその提出の義務を負わせることは、なお許されないものと解するのが相当である。
してみれば、本件文書につき、裁判所がその所持者たる被告国に対して民訴法三一二条に基づきその提出を命ずることは、許されぬものといわざるを得ない。
六以上の理由により、本件文書の提出命令の申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。
(戸根住夫 奥田隆文 鍬田則仁)